北陸の宿

10年ほど前にオフ会で会った女性から聞いた話。

彼女が当時付き合っていた彼に誘われて北陸の方へ旅行に出かけた。
お互いに北陸へ行くのは初めてだったので、日本海に面した街を旅するだけでも楽しいものがあった。

明日は東京に戻るという前の日、昼間の観光を楽しんだ二人はその日宿泊する小さい旅館に到着した。
港町からほど近い場所にあるその建物は、着いた時間が遅かったこともあり彼女の目には非常に暗い印象を与えた。

旅館の中はさらに陰気臭く、ちょっと失敗だったんじゃないの?と彼小声で囁やくほどだった。
玄関に出てきた従業員も暗く、接客業としては致命的なほど元気が感じられない。
部屋の案内もぞんざいで、部屋で食べられると思った食事も食堂で他の客と一緒に食べなければならないと知った。

二人で文句を言いながらも食事の時間になったので、食堂に向かう。
廊下ですれ違った従業員も死んだよう目をしたままで会釈すらしてこなかった。

しかしこういうところに限って飯がうまいのではという彼女の幻想はたやすく打ち砕かれた。
食堂で出された料理は味付けが薄く、どれもボケたような味だった。
やはり食堂のおばちゃんも愛想がなく、おまけに食堂に入る他の宿泊客も不自然なくらいに二人をジロジロ見てくるのだった。

殆どの料理を残して部屋に帰ったのだが、暑い時期にも関わらず部屋のクーラーは動く様子がなかった。不快な気持ちのまま朝を迎えなければならなかった。

翌朝、用意されているはずの朝食も無視し、二人は早朝のホテルから逃げるように立ち去った。
東京に帰るまで彼女はこんなホテルを選んだ彼氏を罵倒し続けたという。


それから数ヶ月後、同居していた彼から
「お前さ、俺の名前で何か申込みとかした?」
と聞かれた。もちろんそんなことはしていない。
返事を聞いた彼は首をひねりながら、
「そうだよなあ、じゃあこれ何なんだろう。」
と手に持っていたはがきをテーブルに置いた。
それはお墓の購入をすすめるはがきだった。
問題はがきに書かれた業者の場所で、あのひどいホテルと同じ町だった。
従業員にまるで生気が感じられない不気味な旅館、その町から届いたお墓の案内、
その町はもちろん、その県に行ったのは先日の旅行が初めてである。
あの旅館は本当に実在したのだろうか。
鳥肌が止まらなかった二人に確認の電話を入れる勇気はなかった。


「その彼とはもう別れちゃったから聞けないんだけど、どこであの宿を見つけたか聞いておけばよかったわ。」
彼女は少し後悔したように笑った。