玄関


もう何十年も前に、祖母の弟が亡くなった。

弟は常日頃から大酒を飲んでいたため若い頃から体を壊し、50の声を聞く前にはすでに入退院を繰り返していた。
そんなこともあって、しばらく酒は控えていたのだが、親戚の結婚式に出席したときにお祝いの席だからとつい気が緩み、お酒を何杯も飲んでしまった。

結婚式から家に帰ってしばらくすると大量の血を吐いて倒れ、帰らぬ人となってしまった。
久々の大酒が原因であると親戚たちは噂しあった。

葬儀も終えて1週間ほどしたある日、祖母の家の玄関を勢い良く開ける音が響いた。
田舎なので呼び鈴もないため、いきなり玄関の扉が開けられることは珍しくない。
しかし、いつもなら聞こえるはずの来客者の挨拶が聞こえない。
何事かと思った祖母は玄関へ行くと驚いた。

そこには先日葬儀を済ませたはずの弟が立っていた。
慌てている様子でしきりに頭と体を動かしている。しかし、口が聞けないようで、何を言いたいのかわからない。

とにかく何かを伝えなければならない必死さがその動きから伝わってきた。

祖母は自分の弟に向かって静かに言った。
「そうかあ、自分の嫁と子供らが心配でお前は出てきたんだなあ。子供もまだ小さいもんなあ。
だけどオラたち親戚がめんどうみてやるから心配するな。わかったな。」
弟の心残りは自分がいなくなった後の家族のことであると思った祖母は、そのことについては心配するなと優しく言い聞かせた。

すると玄関の弟はすーっと消えていったという。


「酒に財産使って、家族にお金も残せないままいきなり死んだからよっぽど心配だったんだなあ。」

そう祖母は語った。