高松塚古墳の呪い

1972年、日本考古学でまれに見る大発見があった。
その発見とは、1200年以上前に埋葬された古墳であった。
一部盗掘に遭っていたものの、副葬品以上に注目されたのは極彩色壁画で、青龍・白虎・朱雀・玄武、女子群像といった神や肖像が彩色豊かに壁に描かれていたのだ。
この壁画は国宝にもなり、現在では退色を防ぐための試みが行われている。

しかし、この大発見のには表に出てこないヤバい話があるのだ。
それは発掘にかかわった人々が次々に亡くなるという、ファラオの呪をほうふつとさせるものであった。ただ、ファラオのときと違うのは、高松塚古墳一連の死亡者はすべて事実であるということである。

世紀の大発見からちょうど3ヶ月後の5月21日、最初の犠牲者が出る。
この発掘に積極的に関わってきた明日香村の観光課長だった。(肺がんとも脳卒中とも)
課長が亡くなってからまた3ヶ月後の8月21日、今度は発掘作業を手伝った女性が亡くなる。
呪いの話を忘れかけていた翌年の8月21日、高松塚古墳のある地区の総代が事故死(クルマに撥ねられる)。
その後も古墳内の修復を手伝った画家もパーティー帰りに交通事故で死亡。
画家の亡くなった日も21日だとされていて、
4人連続で古墳にかかわった人間が21という数に導かれるように死んでいくのは、
近隣住民や関係者には呪いだとしか思えなかったであろう。

そして、高松塚古墳は現在も「奈良県明日香村平田444番地」にその発掘された姿をさらし続けている。



解説

高松塚古墳は、呪いの話も一部で有名ですが、現在では調査中の無知な行為で貴重な壁画が侵食されつつあり、
美術的な価値、古墳としての価値も下がっているようです。とても残念な話ですね。